『化け犬〜ある忠犬の仇討ち』  (作 ベスト氏)

  その2


※ 反町家の座敷。

仏壇の前に正座して拝むお結。睫毛が長く見える目を伏せた横顔が美しい。
武家娘らしく帯には、紅房の付いた包みに入った懐剣を差して凛々しい。
(兄上。どうしてこうなったのでございます。義姉上様も仇討ちに出かけられて、もう半日も経ちますのに、行方知れずになってしまわれました。仇・蚊取信之介の姿もどこにもないのです。御目付け様は訪問しましたら、昨晩亡くなったとの事で、どなたにお尋ねしても仇討ちなど知らぬ、と申されます。結はどうすればよいのですか?)
お結の目から一筋の涙が零れ落ちる。
すると、泣き声と共に、黒犬が寄ってきた。
兄、龍之進が可愛がっていた愛犬のクロである。
「クロ!クロ何処にいってたの?心配してたのよ。無事だったのね。とうとうあなただけが、兄上様の御形見になってしまったわね。でもクロ!以前より随分大きくなったみたい!」そうクロに話掛けている時に、玄関から女の声が聞こえた。

「ごめんくださいまし!こちらは、反町様のお屋敷でございますか?。」
「ハイ」と結が玄関に立つ。
玄関には、着物を着崩して、水商売の女将を思わせる妖艶な年増が立っている。
「わたくし花蛇町で船宿を営む杉元屋のお彩と申します。今、こちらの奥方様の菜々様が、手傷を負われて、わたくしどもの船宿で手当てを致しておられます。結様と申される妹君様を呼んできて欲しい,と申されまして、何でも仇討ちで傷つかれたとか、白装束でいらっしゃいます。」
「エッ、義姉上様が!。で義姉上様の怪我はどうなのです?」と驚くお結。
「ご安心下さいませ、ほんの浅手でおられますわ。それでは結様とは、貴方様で?それは良う御座いました。・・・・・・・それではさあ、早く!」
気が動転している結は、すっかりお彩を信じて、ついていく。

人気の無いお寺の裏道。早足の二人。
鐘撞き堂の角を廻ると、数人の浪人がたむろしており、1丁の駕籠が置いてある。
駕籠の簾が上がっており、中には束ねられた縄束と、真ん中に結びコブを作った大きな柄模様の手拭が置いてあるのが映しだされる。

【ここでまた、ベスト氏は内心やった!と喝采した。これで、結は縛られ猿轡される。その上、結びコブの猿轡に違いない!この演出の素晴らしさ。視聴者に猿轡を事前に見せるとは何と粋なことかと、拍手喝采したかった。】

さっと浪人達がお結を取り囲む。
「騙したのですね!」そう叫ぶと、帯の懐剣に手が伸びる。
「さあ、早く!召し捕ってくださいな!」というお彩の言葉。
「狼藉者!無礼をすると許しませんぞ」と言葉は勇ましい。
さっと、お結に近づく浪人達。あっという間に懐剣を払い落とされ、1人の浪人に、口を背後から塞がれて、もう1人から鳩尾に帯の上から当身を入れられる。
「ウッ」という呻き声と同時に崩れ落ちるお結。抱きかかえる浪人達。

気を失った顔に、頬が割れるような厳しい絞りの猿轡を噛まされたお結が、浪人達に抱きかかえられて駕籠に乗せられる。猿轡はやはりさっき駕籠の中にあった同じ大きな柄模様である。傍らで薄ら笑いを浮かべて腕を組んでいるお彩。
駕籠の中が映しだされ、気を失ったお結の顔のアップ。かなりキツく噛まされており、頬がよじれている様に見える。

しかし、その時、鐘撞き堂の横で、後をつけて来たのかのようにクロが目を光らせていた。さっきよりまた少し大きくなっている。鋭い眼光に牙を剥き、まるで黒豹のような獰猛さが漂っている。


※船宿・杉元屋の2階。布団部屋。

お結が後ろ手に縛られ、猿轡を噛まされて、必死に身悶えしている。
猿轡された顔がアップにされる。
駕籠の中にあった同じ柄の手拭を噛まされているが、大きな柄模様の位置がさっきの駕籠の中のシーンとは違っている。
顔の斜め前からのアップの為、猿轡の結びコブがはっきり見える。

そのシーンを見て、ベスト氏は、
【あっ、結子ちゃん、途中で、休憩してたでしょ!一回猿轡外したんだよね!。それで、撮影再開の時、また同じ手拭を噛まされ直されたの?と突っ込みを入れた。でも、やはり同じ手拭、同じ結びコブを使ってくれる、その配慮がマニアには嬉しいんだよね!。】

顔を振りながら、やっとの思いで、猿轡を外すお結。口から大きな息をひとつつく。
結びコブが作られた猿轡の手拭が首からぶら下がっていて、コブが大きい固いクルミのように見える。
後ろ手に縛られ、少し帯が乱れ、手拭が首からぶら下がっている姿が憐れを誘い、艶かしい。

そこに、丁度、ろうそくに火を灯して、お彩が部屋に入ってきた。
猿轡を外し、身悶えしている、お結を見て、
「逃げようとなさっても、無駄で御座いますよ。」と妙に丁寧に話かけるお彩。
「この狼藉者!。何のマネです。!それに義姉上様はどこにいるのです。!」
と厳しく詰問してきた。
全ての事情を飲み込んでいないように感じたお彩は、仇討ちが仕組まれた罠であり、菜々が信之介一味に騙されて捕らえられた事を話した。
「おのれぇー!卑怯な!。それでは、義姉上様はどちらに居られるのです!」
「廻船問屋・肥前屋さんの別宅ですよ!。その土蔵の中に押し込められておられますよ。ほほほ!。」
「では、義姉様は生きて居られるのですね。」と必死に聞くお結。
「ええ、生きていらっしゃいます。」そう言ったお彩は、さっき肥前屋の土蔵で見た菜々の猿轡を噛まされた顔を思い出したのか、急に笑いだした。
「何が可笑しいのです?」とムッとして聞き返すお結。
「いえね、確かに生きてはいらっしゃいます。ふふふ。それが、考えたら可笑しな話なんですよ。生け捕りにされる時に、「死にたい!」、とおっしゃって舌を噛んで自害成されようとなさったですって。その時,死ねれば良かったんでしょうけど。ふふ。
でも寸前の所で、仇の蚊取信之介坊ちゃんのフンドシを口に押し込まれて死なせてもらえなかったんですよ。さっき、わたしも土蔵の中の菜々様を拝見してきたんですけどね、ふふ、舌を噛んで自害出来ないように、そりゃもう、厳しい猿轡を噛まされておられましたよ。お口の中には相変わらず信之介坊ちゃんのフンドシを噛まされて居られるとかで。
御可哀想に!お綺麗な顔が歪むくらい猿轡をキツく噛まされていなすって、それはそれは、お辛そうで御座いました。女は死に際を間違えるもんじゃありませんねぇ。憎っくき仇の下帯を口に詰めこまされた猿轡を噛まされて、自害も出来ないなんて。菜々様もどんなお気持ちで御座いましょうねぇ、女にとってこんな屈辱ってありますかねぇ。ほほほほ。」
と楽しそうに話すお彩。フンドシはお彩の作り話である。
義姉の菜々のあまりに残酷な姿を想像したのか、
「おのれぇ、卑劣な!恥を知りなさい!」と叫ぶお結。
「いえね、女の生き恥を晒すって、全く嫌で御座いますねぇ、今晩は国家老・蚊取様から、縛められたまま、たっぷりと女の恥をかかされなさるって聞いておりますよ。死ぬ事も叶わぬ女の生き地獄を味わいなさるんですよ。ほほほ!」
その話を聞かされた結は、あまりの事に涙目になり、唇を噛んで俯いたのである。
「さあ、おしゃべりもこれくらいにして、お結様も静かに為さって下さいまし。」
「そうそう、お結様も変な気を起こされちゃかないませんわ。肥前屋の旦那に叱られちゃいますもの。もう、旦那様もじきに参られますよ!」
そう言うと、お結の背後に廻り、首筋に首飾りのようにぶら下がっている猿轡を持つと、再びお結の口に結びコブを捻じ込み、首を振って抵抗するお結の顔に厳しい猿轡を締め直した。
お彩の締め直した猿轡は、いかにも乱暴に扱ったのか、以前より一層厳しく口と頬が歪むほどに噛まされた。
そこで、お彩は、結の正面に立膝を立ててしゃがみこみ、猿轡された結の顎先をグイっと掴むと、これまでの馬鹿丁寧な口調を一変させ、あばずれ調で凄んだのである。
「まったくこんな小便臭い小娘のどこがいいんだい。あとで旦那がいないところで、たっぷりいたぶってやるから、覚悟しとくんだね。ふん。」
そう言って、結の顎を投げるように突き放したのである。
目に涙をうっすら浮かべながら、結はきつく噛まされた猿轡の結びコブを噛み締めていた。
将にその歪められた顔は、まるで清楚な一輪の香梅が無残に手折られたかのように、結の口に残酷と思えるほど、厳しく嵌められていたのである。