<第2部>『スーパーヒロイン危機一髪』  (作 ベスト氏)

  第4章

電話から1時間後、佳乃は「オロシャ屋敷」の前に着いていた。
「オロシャ屋敷」に着いた佳乃は隣のマンションの非常階段の踊り場から、屋敷内を覗った。
高い木立に囲まれた屋敷内には、意外にも監視カメラや侵入者センサーの仕掛けはされていないようだ。
庭内にも人の気配はない。
「パープル・キャット」の佳乃は、塀をよじ登り、木立伝いに屋根上に侵入した。
そして天井裏から中の様子を覗ってみた。
建物の全ての灯りが消されている。
近くを走る車の音も意外なほど聞こえない静寂である。
闇の中からゆり子を探したが、ゆり子の姿は見えない。
朝見兄弟も女性の姿も天井裏からは確認出来ない。
ただ屋敷内には5人程度の男達がてぐすねを引いて待ち構えているように徘徊して廻っていた。
明らかに佳乃を罠にはめて誘き出し、捕らえるつもりらしいことが、わかった。
実は佳乃の性格分析からすぐに襲撃してくると、読まれていたのだ。
しかし、佳乃には何の躊躇もなかった。
たとえどんな多勢が相手でも倒せる自信があった。
佳乃は男達の位置を確認してから、床に飛び降りた。
そして、闇の中で慎重に位置取りしながら、ひとりずつ男達の背後に忍びより襲撃した。
閃光のように繰り出される彼女の突きと廻し蹴りが確実に急所をヒットし、屈強な男達が気絶していった。
顎を外し、肩の関節を外す。覚醒した時に動けないように、声が出せないようにするのだ。その激痛から一端覚醒した男達に、再び当身を食らわせて再度気絶させるのだ。
いずれの男達もそれなりの格闘技を習得しているはずの大男ばかりなのだが、佳乃の敵ではなかった。
そして、4人の男を気絶させて、最後の一人と思われる男を倒してから、その男の背後から羽交い締めして、ゆり子の居場所を聞き出したのだ。

「地下の広間のような部屋に閉じ込めている。」
と男が喋った瞬間に、その男を気絶させてから、慎重に地下に降りていった。
各部屋を慎重に見まわしてから、最後に奥の部屋に辿りついた。
その部屋には薄明かりが漏れていた。
微かな物音が聞こえた時に不意に部屋から新たに2人の男が飛び出してきて佳乃に襲いかかった。
しかし、この男2人も佳乃の敵にはならなかった。
襲い掛かった次ぎの瞬間、佳乃の当身が男の腹部にのめり込んでいた。
あっけなく男2人は床に崩れ落ちた。
そして、広間の部屋に入った佳乃の目に部屋の奥の椅子に縛られているゆり子の姿が目に入ってきた。
白いノースリーブシャツにミニフレアスカート姿で縛られていて、顔には鼻までの被せ猿轡をされている。
眠らされているのか、首が垂れて意識がないようだ。
ゆり子に近づこうとする傍には、まだもう一人の男がナイフを持って立っていた。
180ch以上の屈強な熊のような大男だ。白人で金髪の男である。
鍛えぬいた筋肉の山が盛り上がっている。ロシア系に見えた。
男はナイフをゆり子に近づけながら、「待っていたぞ」とばかりに佳乃に微笑かけてきた。
武道では達人の域に達している佳乃には一目で、男が尋常な使い手でないことがわかった。
只者ではないのだ。身体中から発散している「気」が違うのである。
この男がおそらくボディガード達のリーダーだろう。
佳乃は、男との距離を測りながら黒のフルフェースのヘルメットを静かに脱ぐと、男に向って素手での闘いを誘うような姿勢をとった。
「格闘家らしくナイフを捨てて、勝負しなさい!」、と身体で言ったのである。
長いにらみ合いの後、男はニヤリと笑うとナイフを捨てたのだ。
男は1歩前に出て、佳乃との間合いを詰めて来た。
そして、何か聞いた事もない言葉を呟くと、闘いを挑んできたのである。

地下室の中で、壮絶なバトルが始った。
警視庁広しといえども、この男ほどの格闘家は滅多にはいない程、男は強かった。
極度に緊張を強いられるバトルになった。
佳乃は全神経を集中して、男を倒す事に専念した。数分間に及ぶ鍔迫り合いが、とてつもなく長く感じられた。
そして、最後にギリギリの勝負を制したのは佳乃だったのだ。
佳乃のハイキックが男の顎を砕いたのである。
口から血を噴き出して、男が床に崩れ落ちた時、佳乃も全身から汗が噴き出し、興奮の絶頂に達していた。

闘いに勝ったという解放感から、さすがの佳乃も心に一つの隙が生じていた。
目の前に縛られている女が親友とは別人である事をうっかり見過ごしてしまったのである。
廻りには、もう人がいないという安心感から、不用意に椅子に近づき、「ゆり子大丈夫!」そう言って、眠っているゆり子の被せ猿轡を外した瞬間だった。
ゆり子の眼が開いたのだ。それはゆり子ではなく、瞳だった。
瞳は口の中に含んでいた液体を霧のように佳乃の顔に至近距離から吹きつけた。
目潰しのように目を塞がれた佳乃が堪らず2.3歩後ろに後退した時、瞳を縛っていたロープが床に落ちて、椅子の後ろに隠し持っていたネット銃が佳乃めがけて発射されたのだ。
ネットランチャと呼ばれる銃で、3メートル四方の網が投射される。八方には重りが付けられており、一端被せられると、もがけばもがく程に、重りによって身体が締め付けられて身動き出来なくなってしまうのである。
佳乃が「しまった」と思った時はもうすでに、拘束網の中に入ってしまっていたのだ。
部屋の明かりが急に明るくなり、隣の部屋に隠れていたベストが入ってきた。
瞳が「いくらもがいたってもう無駄よ。大人しくなさい」と叫ぶ。
筋書き通り、獲物が罠にかかったのだ。
勝ち誇ったように瞳がフレアミニスカートの腰に手を当てて、高笑いをし始めた。
「本当にあなたって強いのね!ビックリしたわ!噂通りとんでもない女ね!罠を見破られたどうしようってハラハラしてたわ!でも、もうおしまい!観念する事ね!ホホホ!
これから、こんな猛獣を調教出来るなんて、考えただけでゾクゾクするわ!」
猟師の罠に掛かり、もがく獣のように佳乃は床の上で暴れていたが、ますます網が身体に食い込み自由を奪っていった。
「上手く行きましたね。瞳お姉様!」
そういいながら、ベストは網の中でもがく佳乃の姿を早速撮影し始めていた。
ゆり子を縛りにきた宅配業者姿の縛り屋2人も無傷のまま、隠れていた隣の部屋から瞳たちの傍にやってきた。
一人の男が網の中の佳乃を背後から羽交い締めにすると、もう一人の男がたっぷりとクロロフォルムの染み込んだ布を用意している。
「さあ、早いとこ眠らせておしまいなさい!パープル・キャットさん、目が覚めたらゆっくり楽しませてあげるわよ。演出家のベストちゃんが初めて書いた脚本通りに、貴方を調教して上げたいんだって。お楽しみよね。ほほほほ、ではごきげんよう!」
いくらもがこうとしても、既に佳乃の手足は自由を失うほど、網が食い込んできている。
さすがの佳乃もどうする事も出来ず、嗅がされたクロロフォルムによって深い眠りに落ちていったのである。