<第2部>『スーパーヒロイン危機一髪』  (作 ベスト氏)

  第3章

早速翌日から佳乃は、女性ニュースキャスターの失踪事件について調査を開始した。
早速、テレビ局を訪ねて聞き込んだところ、確かに女性キャスターは失踪していた。
番組では病欠という事になっているが、実際は1週間前から行方不明になっていたのだ。丁度彼女と男が二人ずれで民家に入っていったのを、ゆり子が目撃した同じ日からである。
テレビ局の責任者によれば、所轄の警察署には翌日失踪届けを提出しているが、全くと言っていいほど、手掛かりはなく、身代金の要求も目撃者情報もない。
今は公開捜査のタイミングを検討している最中だったようだ。
その後、その足で所轄署に出向いたが、本当に捜査は何の進展もしていなかったのである。これまでの美女失踪事件同様に、現代の神隠しのように忽然と消えた、という事で捜査は暗礁に乗り上げていた。
やはりゆり子が睨んだとおり、あの日車のトランクに押し込められて拉致されたと考えるのが自然である。

そして、今日は朝から写真の車の後部座席に写っている35歳くらいの男の捜査を行った。
佳乃には男に見覚えがあったのだ。
以前読んだ旅雑誌にフリーのルポライターとして投稿していた男だと思った。
小さな顔写真が載っていたのだ。
調べてみて、将にその男だった。男の名前は朝見満彦。
2枚目の優男で雑誌社の人間によればルポライターとしては売れている部類らしい。
佳乃は雑誌社の人間から、朝見がまだ独身で女子アナマニアである事を聞き出してから、住まいを教えてもらい、その男の住まいを尋ねて行って仰天した。
そこはなんと警察庁刑事局長の朝見洋一郎の自宅だったのだ。
二人は歳の離れた実の兄弟で、兄・洋一郎は東大出のキャリア官僚であり、現在日本警察の最高幹部にまで昇り詰め、次ぎの総選挙では立候補が噂されているエリート警察官なのである。将に刑事たちにとっては雲の上の存在そのものである。
もうすでに両親は他界しており、洋一郎も3年前に妻と離婚、今は男兄弟2人で暮しているらしい。
曽祖父の代から続く高級官僚の家柄らしく、都内の一等地に広大な屋敷を構えている。
調べてみると、他にもいくつか都内に家屋を所有している事になっている。
かなり裕福な家柄らしい。そして、女性ニュースキャスターが失踪した例の民家もやはり朝見洋一郎の所有になっているのだ。
今は空家であり、普段は人の出入りは全くない、と近所の住人の聞き込みからわかった。更に写真に写っている黒塗りの高級セダンもそのナンバープレートから朝見洋一郎の私用車であることがわかり、佳乃は誘拐組織が存在するのなら、朝見刑事局長が事件に多いに関与していると判断した。
いきなり事件の本丸にガツンとぶち当たったという感じである。

佳乃はこの事を、どう報告するべきかを迷った。
そして、まず、LRPのチームリーダである片平いづみに相談することにした。
同じ警視庁からの出向刑事で、若い頃から捜査中に何度も犯人一味に捕らえられ、緊縛監禁され危機一髪という修羅場を何度も潜り抜けてきたという経歴の持ち主で、その体験談は伝説になっている程の、場数を踏んだ経験豊富なチームリーダーである。

そして夕刻、東京地検内の一室で二人きりになってから報告した。
佳乃がこの3日間で調べた内容を報告すると、片平いづみもさすがに動揺した。
警察の最高幹部が誘拐事件に深く関与している事が真実なら、警察の信用は回復不能なくらい地に落ちることが明白だからだ。
「佳乃、わかってるでしょうけど、これは絶対に他言無用よ。とにかく本当なら大問題だわ。月曜日の朝、松坂部長が出勤してみえられたら、二人で報告に行きましょう。それまでは、そのお友達にも話さないで!とても私達だけで判断できる事件じゃないわ。とにかく今日はもうこれで帰りましょう!」
そう言って片平は深刻に考え込んだ表情になった。
佳乃はとにかく今日は帰ることにした。
部屋を出て、佳乃は帰宅の途につくのであるが、片平いづみはそれを見送ると、部屋から直ぐに携帯電話で誰かと長々会話し始めたのだ。
時折薄ら笑いを浮かべながら携帯している彼女は,自分の人生を変える決断をしていたのである。
彼女の裏切りなど、佳乃は夢にも思わなかったのである。

そして、佳乃は夜の9時過ぎ、都内のマンションの自室に帰り着いた。
佳乃の帰宅を見計らうかのように携帯が鳴ったのだ。
発信者はゆり子の携帯である。
そして、聞き覚えのない女性の声が聞こえてきたのだ。
「中谷佳乃さんかしら?はじめまして。ゆり子ちゃんとは今日お友達になった瞳って言うの。ちょっとパソコンのメールを開いて下さらないかしら。ふふふ。親友のゆり子ちゃんが素敵にメイクアップしている写真を送ったわ。」
「………」
佳乃は無言のまま黙って自室のパソコンのメールを開いた。
そこには何と椅子に縛りつけられたゆり子の姿が写っていたのだ。
綺麗なゆり子の顔には鼻が覆うような猿轡が被せられてはいるが、目許や鼻筋は間違いなく親友のゆり子である。
服装もゆり子が普段好んで着る白いノースリーブシャツにチェックのフレアミニスカートという若々しいいでたちであり、スレンダーな体躯はゆり子本人であるように見えた。
怒りに震えながら「てめぇ、・・」そこまで言いかけた佳乃に
「あなたが預かっているネガと写真を持っていらっしゃい。交換しましょうよ。あなたが警視庁の刑事とわかっての交渉よ。覚悟を決めて電話してるの。変なマネをしたらお友達がどうなるか、わかっているわよね。明日の朝6時ちょうどに、一人で港区の××番地の通称「オロシャ屋敷」にいらっしゃい。来なかったらお友達の手足が一本ずつなくなっていく事になるわ。誰かに話そうなんて考えたらゆり子さんは本当に死ぬわよ」

その『オロシャ屋敷』とは、以前「サルバト―レ・クツワノフ」というロシア人の貿易商が住んでいた洋館で、高い塀と木立に囲まれた大きな屋敷である。
1年前から朝見洋一郎の名義になったと今日調べたばかりの家だったのだ。
佳乃は全く迷わなかった。
松坂部長にも片平リーダーにも相談する気などなかった。
相談すれば行動が遅れるだけだ。直ぐに飛んでいってゆり子を救出する。
またその自信もあった。躊躇している間にもゆり子の身に危険が迫っていると思った。
そして、最悪、捕らえられたとしても、髪留めの銀製バレッタに仕込んであるGPSで、必ずLRPの仲間が異変に気付いてくれると思ったのだ。

佳乃は黒一色の衣装に紫のスカーフを巻いた「パープル・キャット」に変身して、大型バイクにまたがったのである。