『ゆり子の災難』 (作 ベスト氏)

  第3章

「まったく、もう何いってんのよ。撮影中よ。ほんとしょうがない子ねえ、だからあなたは駄目なのよ。仕方ないわ、ちょっと休憩しましょう。早く行ってらっしゃい。」
「ほんとすみません、すぐ戻ってきます。」そう言って慌てて部屋を出ていくベスト。

部屋を飛び出したベストを見送ると、ゆり子は瞳に話かけた。
「瞳さん、ごめんなさい。ちょっと休憩しますけど、瞳さんはそのまま我慢してて下さいね。まだ続けますから。それじゃ、さきにこの後の撮影の事をお話しておきますね。しばらく今の姿で撮影を続けたら、一旦休憩を入れて、それから次ぎはブラウスも脱いでいただきます。ブラジャー姿になっていただいてから、また今と同じように縛ります。今度は、もっと恥ずかしいかもしれませんけど、出来るだけ綺麗に撮れるように頑張りますから、どうか協力をお願いします。下はスカートのままで結構ですわ。」
そう言って、説明している間も、瞳の口からは、飲み込めない涎がタラタラと流れ続け、ますます瞳のブラウスが濡れていっている。
「実際は、猟奇的な誘拐犯にブラウスを切り裂かれたシーンにしようと思ってます。切り裂くシーンはありませんけど、こちらで用意した白いブラウスを引き裂いて、椅子の廻りにブラウスが引き千切られて散らばっているシーンを考えているんです。猿轡も紫紺の柄の模様が入った日本手拭に換えます。真ん中に結びコブを作った手拭の丸玉銜えっていう噛ませ猿轡です。よく時代劇で見掛けるコブ噛ませ猿轡です。おわかりですよね。小さなガーゼの詰め物をしてから、今度も頬が歪むくらい厳しく噛ませます。今度も噛まされるシーンは丹念に撮影しますから。でも今度は呻き声はあまり上げないで下さいね。もう抵抗することの無駄を悟っていますし、暴れても縛めが緩まないことに観念した、もがくことを諦めた、って感じです。しかし、心はまだ観念していません。容易く口は開かないで下さい! 噛まされる間も、眼だけは有りっ丈の「怒り」の目でカメラを睨んで下さいね。言われもなく拉致され、理不尽に監禁された上に、縛り上げられて厳しい猿轡まで噛まされるという無慈悲な仕打ちを受けた貴婦人の内面の心の襞をなぞるように写真で表現したいのです。縛り直され、猿轡を嵌め直されて、着衣を1枚づつ脱がされて行くだびに、変化する囚われの女性の内面の変遷を、写真で表現するというとてつもないテーマに挑みたいと思っているんですよ。」
ここまで言った時、瞳が苦しそうに「ウンンムン」と呻いて悩まし気な眼差しで、ゆり子を見詰めた。
「ごめんなさいね。瞳さん、猿轡がお辛いんでしょ? もう少し我慢して下さいね。もう少しブラウスが濡れてる所を撮影したら、一旦休憩しますからね。」
ゆり子の話を凝視して聞く瞳の眼が恨めしそうにゆり子には感じられながらも、話を続けた。
「写真を見た男性マニア、女性マニアが自分が誘拐犯人になったつもりで、監禁されてる女性に「ふふ、悔しいかい?色っぽいぜ!」とか「ご気分はいかがかしら?ふふ、辛いでしょうけど我慢するのよ!」なんて話しかけられるような、そうまるで写真と会話が出来るような写真にしたいんです。ブラジャー姿にさせられた屈辱や好奇な目で見られる恥ずかしさ、下着姿の女性の恥らい、次ぎは全裸にさせられるかもしれないっていう恐怖心、そんな顔を撮影したいのです。大変でしょうけど、また「眼」で演技して下さいね。瞳さんはプライドが高く、高貴な貴婦人の役です。決して犯人に屈服したり服従したりしません。ブラウスを剥ぎ取られるという恥辱的仕打ちへの反抗心と言われもない辱めに、必死に耐えている女性のいじらしさを表現して欲しいのです。さっきまでのように、(誰があなたなんかに屈服するものですか!)って顔をして下さい。瞳さんなら大丈夫ですわ。さっきの演技最高でしたもの! ちょっとの時間ですけど、演技を考えていて下さらないかしら。それじゃ、ちょっとそのまま我慢していて下さいね。しばらくしたら再開しますから。」
そう言うと、ゆり子は隣の部屋に出ていった。
これからがゆり子にとって悪夢の時間が始まることなど夢にも思っていなかった。

隣の控え室の椅子に腰掛けて、ゆり子は続きの写真のことを考え始めていた。
この時、ふっと我を忘れて物思いに耽ってしまったのである。
ゆり子はこの1年間,ボンデージの虜になり、あるゆる文献、写真集、ビデオを見まくった。
マニア諸氏ともメールで趣向やこだわりについて意見をたくさん聞いた。
自分なりにボンデージについての見識と美学を持ち得たと感じている。
今、世の中にはコンビニでさえも、ヘアーヌードや陰部の写ったものが氾濫しているが、あえて自分はその流れに逆行する形で、女性ボンデ―ジアーティストとして、陰部やヘアー、乳首をまったく映さずに、世の中の男性マニアの心を虜にするような作品を創っていきたい。
着衣での拘束で,エロティシズムが十分に表現できることを証明してみたい。
女性のプロカメラマンとしての本能がそう突き動かしているのだ。
そして今日の瞳は、自分が理想としていた以上の身体の持ち主で、羨ましくも妬ましくもある程魅惑的な女性だった。
椅子の上で縛られ身悶えする瞳の姿は、妖艶でなまめかしく、しかも、高貴な薫りが漂う写真家からみて「最高級の芸術品」と感じるくらいの優雅でエレガントな将に絶品と思わせる被写体なのである。
きっと後半,彼女は猿轡と縛りの厳しさから身体が痺れ、もっと辛そうに身悶えするわ。
その『猿轡の辛さに耐えるように身悶えする女性の姿こそこの世でもっとも美しい姿』であることを表現しよう。
「シンプルな縛り」、「厳しい猿轡」、それに「背中に透けるブラジャー」、着衣緊縛の3種の神器ともいうべきこの構図にはとことこん追求するだけの価値があると思う。
着衣緊縛にエロティシズムを感じる男性には潜在意識の中にこの構図を求めているとはずだわ。
彼女だったらきっといい作品が出来るという確信が持てる。

今、ゆり子の目の前のテーブルには、予め準備した詰め物に使う白いガーゼの小さな塊と、白地に紫紺の桔梗の花柄模様の手拭が、細長く綺麗に折り畳まれていた。
この手拭の真ん中に結びコブを作って猿轡にするのだ。
ゆり子はテーブルの上の手拭を取り上げると、大きな輪を作り、両端をグッと引き絞り真ん中に結びコブを作ったのである。
(ふふふ、そう言えば,この前ベストが、「僕って、綺麗な女の人が、結びコブの出来た手拭を細い指で、玩びながら笑ってる姿を想像するだけで、身体が熱くなるんです」なんていってたわね。)
そんな事を思い出しながら、その紫紺の柄の手拭を玩びながら、ゆり子は、更に時間を忘れて、深い瞑想に入り込んで行ったのである。
(そうあれは、もう半年も前かしら。昼間、偶然つけたTVで時代劇スペシャルの再放送があったんだわ。そこに長襦袢姿で柱に縛り付けられ、白い布で大きな結びコブを作った猿轡を口一杯に噛み締めながら、涙を流す女優の姿を見て、胸が突然ドキンって高鳴ったんだわ。そう、女優さんは、今、華丸マーケットの司会をしている何とか久美子さんって方だったわね。泣きながら噛み締めてる白い結びコブのよじれ具合がとても綺麗で鮮明で、何か猿轡を噛まされた女性の怨念や無念さが、結びコブに滲み出ているように感じた。あの時、結びコブには、他とは違う特別な魅力があると思ったんだわ。あれから、猿轡は結びコブの手拭噛ませが、一番好きになったのよね。)
一旦作った手拭の結びコブのよじれ具合が気に入らないゆり子は、手拭を解いて再び結びコブを作り直していた。
ゆり子は、あのTVを見てからは、必ず撮影に結びコブの噛ませ猿轡を使うようになったのだ。
(女性の口の中の結びコブのよじれ具合、皺の拠り加減、手拭の柄の模様加減が、噛まされた猿轡の魅力の半分を決めるんですもの、決しておざなりには出来ないわ。)
ゆり子は、撮影に使う手拭の柄模様には徹底的にこだわり厳選した。
噛み締めた結びコブが気に入らなければ、何回もコブを締め直し、口に嵌め直すほど、彼女にはコブへの美意識・噛ませへの美学を持っていたのである。
やっと気に入った結びコブが出来たゆり子は、目の高さに手拭を持ち上げて、口の締りが良いように、指で形を整えながら、コブの部分の柄模様の交じり加減を絞まり具合を見詰めている。
ゆり子は、手のひらにある結びコブを見詰めながら、瞳が日本手拭を噛まされた姿を想像してみた。
(瞳さんの、少し大きめの口と赤いルージュを曳いた唇、細く小さい顎にはきっと日本手拭の猿轡がきっとよく似合うわ。紫紺の桔梗の花柄が絶妙に交じり合った結びコブを、彼女の唇を割って噛ませてから、長くて細くて白い襟足に気の毒なくらいキツい結び目を作っちゃおう。頬が歪み、皺が出来て、潤んだ大きな瞳と目元の小皺がきっと日本手拭の猿轡を引き立ててくれるわ! 凄く色っぽいわね。)

ゆり子は、またここで10日前のベストとの雑談を思い出した。
今日、ブラジャーにスポットを当てて撮影しようと決めたあの時の雑談である。
あの時、ベストの太股をムチで思いきって叩いた後、思い返し、
「じゃ、もう絶対に怒らないから、あなたが撮ってみたい写真のことや、感じてることを全部話してごらんなさい。ちゃんと聞いてあげるわ!」
1回ベストのような若い男の子の好みや求めているシーンをじっくり聞いて参考にするのも悪くない、と思ったのである。
そういってベストの趣向話を促したのである。

ベストは、あの時、喜色満面で話し出した。
これまでの自分の好きなブラジャーへのこだわりや、ボンデージの事をとうとうと喋ったのである。そして最後に、
「でも、やっぱり、30歳くらいの大人の、でもちょっとお肌が衰え始めた感じのする、そうだなぁ、ゆり子さんみたいなスタイルの良いスレンダーで素敵な年上のお姉様の純白のブラジャー姿が1番好きだな。まあ、レモンイエローや淡いピンク色のブラジャーもかなり好きな部類かな。」
とゆり子の感情をまたもピクリと反応させる話をしたのだ。
しかし、ゆり子の微かな怒りに気付かすにベストは話を続けたのである。
「それに、僕なんかも、この事務所に働く前は、縛られた女性の姿なんか生で見たこと1度もなかったから、それまでは緊縛写真を見ながら、もっと至近距離からアップで女性の色んな所を見てみたい、「撮ってくれー!」みたいなものでした。想像だけで、写真やビデオをみるんですよ。普通の男は。」
「ふ〜ん、例えばどんな風なことなの?それ。」
「至近距離からの撮影だと、目の前に本物の女性が居て、自分がその女性を縛ってるような感じがするんですよ。例えば背中のブラジャーのバックベルトのカットラインの縫い目の糸が鮮明に判る距離とか、ホックの留め金具の金属の色まで判るくらい至近距離から撮るんです。薄っすら汗を掻いていて、毛穴とか産毛が見え、お肌のシミとかホクロまで見たいんです。見られた女性が恥ずかしく感じるくらいに。なんかその女性の汗の匂いとか、若い女性の体臭とかが伝わってくる感じがするんです。
僕くらいの若い男だったら、みんな縛られ猿轡された女性の猿轡を触ってみたい、どれくらいの強さで噛まされているのかな、女性の身体の匂いとか、髪の匂いを嗅いでみたい、生のブラジャーに触ってみたい、胸の膨らみを揉んでみたいって思ってるんですよ。特に綺麗なモデルさんだったら、色々想像したりして、写真に向かって「へへへ、どんな気分だい?、口惜しいかい?」なんて話かけるんです。女の人だって、普段身に着けてる安物のブラジャーなんかを至近距離からじっくり撮影された恥ずかしいでしょ?新品じゃなくて着古したような下着を撮られたら、「ちょっと、止めてよ、そんなの見ないで!」と感じじゃないのかな。でも猿轡で抗議も出来ない、悔しい〜って感じ!
そんな顔を男は見たいんですよ。厳しく噛まされしっかり噛み縛っている結びコブのアップやその口元、凹みがわかる頬や、目元の小皺とか、毛穴やシミがわかる顔なんて絶対にみたいな。そんな恥ずかしい所を見られた女性の顔を見たいんですよ。僕だったら、結びコブ猿轡を噛まされた女性の顔と普段着のブラジャー姿が同時に見れるアングルからの写真を鮮明に細部がわかるように撮りたいですね。)
そこまでベストは話すと、ゆり子の顔をマジマジと見詰めながら、
(僕なんか、ゆり子さんがブラジャー姿で縛られ、しっかり猿轡噛まされた顔を間近で見れたらどんなだろうって、その姿を想像して、毎日股間が熱くなってます。)
次の瞬間、ゆり子のムチが、ベストの太ももをヒットし、跳びあがったところの臀部を、「馬鹿ぁ〜、生意気言うな〜!」と言いながら思いっきり叩いた。
「ゆり子さん、絶対に怒らないっていったじゃないですか」
と言いながらベストは嬉しそうであった。

そんなベストとの会話を思い出しながら、マニアックな男性の希望が判った気がした。
今日はこの後、瞳さんのブラジャーと猿轡を全方位からドアップで撮影して見ようと思っていた。
そして、(やっぱり、私もベストの事が満更じゃないのかしら。何故かいつも彼との会話が思い出てしまうのよね。)
なんて思った時、自然と顔が綻んできて、嬉しくなってしまった。
こんな瞑想に耽ってしまって、ゆり子は時間が一瞬止まってしまっていた。


次ぎの瞬間だった。
いきなり背後からハンカチのようなものを誰かに押し付けられたのだ。
物思いに耽っていたゆり子は、不覚にも人の気配に全く気付かなかったのである。
まったく気配すら感じさせずに背後に忍び込み、クロロフォルムのついたハンカチを押しつけたのはなんと瞳だったのだ。
ゆり子が部屋を出ていくと、ベストからこっそり握らせたナイフで素早く縛めを切り、足の縛めを解くとボール猿轡を口から抜き、急いでゆり子を襲撃したのだった。

しかし、そこは武道の達人。ゆり子は相手の手首を握り返し、すぐに反撃を試みた。
いったんクロロフォルムを吸わされて意識が遠のく中で、必死で瞳の腕を握り返してひねった。瞳はバランスを崩して床に倒れた。
「瞳さん、これは一体何の真似!」と大声で叫んだ。
しかし、瞳は「静かになさいな。それより大人しくネガを渡しなさい」
と言い、薄ら笑いを浮かべている。
「何の事、瞳さんあなた一体誰なの?」。
次ぎの瞬間、ゆり子は自分の身体が痺れていくのを感じた。
実は先ほどベストが運んできたコーヒーに少量の痺れ薬が入れられていたのだ。
「そろそろ薬が効いてきたようね」
と言うと瞳は動けないゆり子に再びクロロフォルムを押し当ててきた。
反撃しようにもゆり子は身体が次第に痺れて何もできない。
次第に意識がなくなっていき、床に崩れおちた。
薄れゆく意識の中で、瞳が笑っているのが見えた。