『ゆり子の災難』 (作 ベスト氏)

  第1章

5月の平日の昼下がり、オフィスの玄関のチャイム。
今日が約束の撮影の日。
ドアを開けるとそこには、将に思わず息を呑むような美人が立っている。
さすがのゆり子ですら、気後れしてしまうほどの美しく上品でエレガントな女性である。
「お待ちしてました。靴は脱がずにそのままで結構です。さあ中へどうぞ。」
「失礼します。」
彼女のいでたちは、濃紺のストライプスーツに、ワイドカラーな真っ白な薄いブラウス、タイトなミニスカート、黒いパンプス,淡いパールのストッキング。カールのかかった綺麗な黒髪が肩にかかっている。
「今日は採用ありがとうございます。初めまして、斎藤瞳と申します。もうご覧のとおりのおばさんですけど、よろしくお願いします。」
「とんでもない。こちらこそ。瞳さんみたいな美人がモデルだとこっちもとっても嬉しいです。こんなお綺麗な方の撮影は私も初めてなんですよ。でも本当に昨日お話したギャラでよろしいのですか?裸のシーンはありませんから、あんなギャラしか出せないんですけど。すみません。それとこれはこちらからのお願いなんですが、今回は初めてビデオ撮影もやらせて欲しいんです。その分ちょっとギャラは弾みますから。お願いします。」
「もちろん結構ですわ。もう身体には自信がありませんけど。私みたいなおばさんにそう言って頂いてとっても光栄ですわ。一度本格的にプロの方に縛られたかったんです。綺麗な写真も残したかったし。映像なら尚嬉しいですわ。もちろん主人には内緒なんですけど。どうかよろしくお願いします。」
そういって謙遜して笑う瞳に、ゆり子は「本当に綺麗。全然34歳なんかには見えない、服のセンスも凄く洗練されてて、ホント素敵だわ。20歳前後の小娘には持ち得ない大人の魅力ってこういうものよね。エレガントなレディってこんな方を言うんだわ!」

と憧れを抱くほどである。

そこにアシスタントの男の子がコーヒーを持ってきた。彼の名は愛称「ベスト」。
カメラの専門学校を出たばかりのひよっこ。
自称「ブラジャーフェチ」、それと何でもOLの制服のベスト姿が好きで、ある時、白いブラウスの二の腕に黒いブラのストラップがずり下がっているのを見て、鼻血を出したから、このあだ名がついたとか。
半年前にゆり子に一目惚れし、「ある事件」がきっかけになり、半ば押しかけみたいにして弟子入りして働き始めている。
外見はかなりイケるいわゆる今風のイケメンなのだが、気が弱く小さい。
初対面の女性には可愛そうなくらい赤面する、そしてどこかマニアック。
一途にゆり子のことを想っているのがよくわかる。
いつも仕事で厳しいことを言いつけ、意地悪をしても、素直に従い子犬のように尻尾を振ってなついて来るのが、彼女の自尊心をおおいに満足させる為、時折思わせぶりな態度で年下の男の子の心を引きとめている。


ここで彼女、「川嶋ゆり子」についてもう少し説明することにしよう。
実は彼女にはもうひとつの「顔」があり、それが浮気調査員。
以前知人の探偵から隠し撮りの手伝いを頼まれたことから興味を持ち、空手の達人、好奇心旺盛、向こう水な性格とも相俟って、今でも保険会社の仕事なんかを手掛けるほど。
そしてつい先日はある浮気の調査中、ひょんな事から事件を目撃してしまった。
もちろん、ゆり子が事件と思っているだけなのかもしれないが。

それは、新婚の女性の浮気調査を依頼されたことに始まる。
本当にそれは偶然の目撃だった。
昨年、結婚したばかりの女房が浮気をしているみたい、調査して欲しい、との依頼を夫から受け、女性を尾行中の5日前の事だ。
浮気相手の男性と郊外のラブホテルに入るのを確認、出てくる所の写真を撮ろうと、車の中でアシスタントのベストと2人で待っていた時の事だった。
隣の民家に1組の男女が入っていくのを偶然目撃したのだ。
男の方は、35歳前後の背の高い中々の2枚目で、雰囲気からジャーナリストかルポライターという感じのラフな服装の男だ。
一方の女性に見覚えがあった。
テレビ夕日の夜のニュース番組「フルイチ・ステーション」の人気女性キャスターだったのだ。
ジーンズにスニーカー、ブルーのカジュアルシャツといういでたちで、大きなカジュアルバックを持っている。
家の位置をまるで確認するかのように辺りを見回し,男と一緒に民家に入って入った。
テレビではいつも自慢の美脚を意識した服装に、文武両道、才色兼備という才媛で、28歳には見えない落ち着いた雰囲気で原稿を読む姿勢は好感がもて、ゆり子が好きなタイプの女性だ。
ゆり子の「女のカン」で2人は男女の中には見えなかった。
目当ての浮気女性は,大胆にもお泊りを決め込んだらしく中々出てこない。
そして、夜になって、不意に隣のその民家のガレージから1台の黒塗りの高級セダンが出てきた。
急いでシャッターを切った。中には3人の男が乗っている。
後部座席には2枚目の相手が乗っているが、女性キャスターの姿はなかった。
そして、女性キャスターは、とうとうその夜出てこなかった。
夜中になって家の中を外から覗ったが、中に人がいる気配は全くない。
直感的に、あの車で外に出たと思えた。
翌早朝、もう一度庭から忍び込み家の中を覗きこむと、中は空家でありスニーカーが片方だけ転がっていた。
もちろん彼女のかどうかはわからないが、不自然に感じて、一応写真に収めた。
そして、その日の夜から彼女はニュース番組を病欠している。何か腑に落ちない。
ゆり子は、あのセダンのトランクに女性キャスターが監禁されて、運び出されたのでは、と思えてならなかった。

数日たっても、どうしてもその事が気になるゆり子は思いきって空手道場の同門で警視庁で刑事をやっている無二の親友に相談してみることにした。
彼女はすぐに「写真を見せて!」と言ってやってきた。
真剣な表情で考えこんでから、「少し変よね。調べてみるわ。でもここから先は警察に任せて。何かわかったら必ず報告するから。この事は絶対に他言しないで。あのベスト君にも口留めしててね。でも、ほんと、ゆり子情報ありがとう。」友人はそう言ってネガを持ち帰ったのだった。

さて、スタジオのソファで瞳と向き合ったゆり子は自分のボンデージに対するコンセプトをまず少し説明したいと思っていた。
今日のゆり子は5月にも関わらず膝まである黒光りのする革のロングブーツを履いている。彼女の細くて長い脚によく似合う細身のブーツで、これはベストが実は革フェチであり、女性のブーツ姿に密かに興奮する性癖がある事を最近知り、ちょっと挑発する意味で最近履いている。
同じ黒系のパンツに今日は真赤な薄手のノースリーブセータ。
ノースリーブの腋の間から時折覗けるブラのストラップに、ベストが視線を集めるのも計算済みだ。
髪も、自分では大いにチャームポイントのひとつと思っている細くて白い襟足が、引立つように綺麗にアップに纏めている。
この方が行動しやすく機能的でもある。
「それじゃ瞳さん,アシスタントの準備が整い次第撮影を始めます。その前にもう一度説明します。撮影は着衣とランジェリーでの撮影です。裸はありませんが、縛りと猿轡は決しておざなりではありません。かなりキツク噛ませます。もちろん観る人は男性が圧倒的ですが、同性の女性がみても綺麗、美しい、と感じるような写真。縛られた女性の肢体の美しさや切なさ、猿轡された顔の恥ずかしさや悔しさを表現したいんです。私は男性の中にも、裸より下着姿や着衣での緊縛によりセクシャリティを感じる人って沢山いると思ってます。瞳さんのような方がモデルでしたらきっと伝えたいものが表現できるんじゃないかと期待してるんですよ。それじゃ始めますが、上着は脱いでブラウスだけになって下さい。昨日も電話でお話しましたが、キャミやスリップはお召しになっていませんか?どうも男性はキャミに幻滅感じる人が多いみたいで、私の撮った写真でも不評なんです。それから髪は後ろにアップしていただけませんか?襟足の美しさも撮りたいんです。」
「はい、わかりました。今日はブラだけですわ。では先生お願いします。」
そう言うと瞳は立ちあがり、上着を脱いだ。スレンダーな身体とは不似合いな程、白いブラウス越しに見えるバストはボリュームがあり、背中を向けた彼女の背中には真っ白な薄いブラウス越しに上品な白いЦ型の2段ホックのブラジャーがくっきりと透けてみえ自己主張していた。
ブラの透けた背中のシルエットは「背中美人」というにふさわしく、ブラフェチのベストが硬直したまま、背中に視線が釘付けになっているのが、ゆり子には可笑しかった。
それから瞳は鏡の前に行き、なれた手付きで黒髪を後ろに纏め上げた。